感動をくれた調律

 

調律の仕事を始めて40年以上経ちます。

ずっと音楽に触れて育ってきた私は、当然の様に調律の仕事に就き、一日に何件もの調律を行っていました。
そんな中で今の調律法、考え方に至ったのは、20年前、偶然に聞いたピアノの音に衝撃を受けたのがきっかけでした。

「伸びやかに響き、素敵に歌う」

私が普段調律をしているピアノ講師さんのピアノを、関東のある調律師の方が調律されることになり、たまたま立ち会う機会がありました。
はじめて調律される音を聴いた時、「ん?きちっと合っていない?」と感じました。

それまでの私は、学校で習得したやり方にそって、ピアノの調律をしていました。

ピアノの中高音には、一つの音に三本の弦が張ってあり、それを合わせて一つの音を作り出します。調律の学校では、三本の弦を倍音(音に含まれる要素)の唸りを聴きながら、ピタリと同じ波長に正しく合わせることを教えられます。

その調律法からすると、それぞれの音は明らかに「合っていない」ように聞こえました。

そこで、この調律師に聞くと、「私は、倍音の唸りは聴いていない。基音を聴いているんだ」と言います。そして、仕上がったピアノで演奏される音を聴いた時、そのピアノはどこまでも伸びやかに響き、歌うように曲を奏でていました。「これこそピアノの音だ!名演と言われる巨匠のレコード、CDで聴く音だ!」と思ったのです。

後で聞くと、この調律師自身、数年前にドイツでこの調律法に出会ったということでした。

この音と出会った時、感動と衝撃を受けたと同時に、自分の目の前が明るく広がって行くように思ったことを今でも覚えています。これまで以上に弾く人にも聞く人にも喜んでいただける、「響き、そして歌う」調律ができるようになると。

「新たな調律への挑戦」

そこからは、正に苦悶の日々でした。それまでの調律法から変えるといっても、技術的な問題ではありません。自分の耳を変える必要があるのです。

それまで20数年間、倍音だけを聴いて調律してきた耳を変えるのは容易ではありませんでした。しばらくは真っ暗闇を手探りで歩いているような状態でしたが、数か月経ったある日、「聴くべき音」を聴いている自分に突然気づきました。「トンネルを抜けた」と思った瞬間でした。

その後も試行錯誤を続け、今では演奏者、プログラム、演奏会場などに合わせ、幾種類ものバリエーションで調律を行えるようになりました。

この調律法に対するピアニストの感想で特に多いのは、「弾きやすい」「音色の変化がつけやすい」「歌いやすい」などです。

こういった調律を続けていく中で、いくつもの良いご縁があり、それが「感動ピアノ」のもう一つの柱となる、ドイツのピアノ店との出会いにつながっていきました。

感動を受けた「ピアノ」との出会いへ